プロフィール

  • 誕生日 1981年10月31日
  • 血液型 A型
  • 宮崎県議会議員2期目
  • 自由民主党宮崎県支部連合会青年局長
  • はながしま診療所副院長
  • 日本内科学会認定内科医
  • 日本医師会認定産業医

学歴

幼少期に姉(右)と2ショット水泳部の同期と山岳部の皆と北穂高登山中部病院救急室にてNY CCUにてNYでDiwanとChang海軍病院の実習
  • 昭和63年ソレイユ保育園卒業
  • 平成6年宮崎市立宮崎小学校卒業
  • 平成9年宮崎大学教育学部附属中学校卒業
  • 平成12年宮崎西高校理数科卒業
  • 平成12年東京大学教養学部理科三類入学
  • 平成18年東京大学医学部卒業

職歴

  • 平成20年 沖縄県立中部病院研修修了
  • 平成21年 米国ニューヨーク市のベスイスラエル病院にて内科インターン修了
  • 平成21年 宮崎大学医学部第三内科入局
  • 平成23年 宮崎県議会議員初当選(宮崎市選挙区1位当選 得票13,921票)
  • 平成27年 宮崎県議会議員二期目当選(宮崎市選挙区1位当選 得票14,086票)
  • 平成28年 自由民主党宮崎県支部連合会青年局長

資格・業績

  • 平成18年 米国臨床研修資格(ECFMG Certificate)取得
  • 平成18年 TOEFL 267点(CBT)
  • 平成20年 沖縄県立中部病院Outstanding Resident Award受賞
  • 平成21年 米国臨床微生物学会誌に「Isopropyl alcohol compared with isopropyl alcohol plus povidone-iodine as skin preparation for prevention of blood culture contamination.」を掲載(J Clin Microbiol. 2009 Jan;47(1):54-8. Epub 2008 Oct 29.)
  • 平成22年 日本内科学会認定内科医
  • 平成26年 日本医師会認定産業医

著書

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平成22年
「なぜ宮崎に医師はいないのか」(宮日文化情報センター)
71TlwbbflzL.jpg平成27年
「投票したい政治家がいないあなたへ」(サンクチュアリ出版)200ページ

自己紹介

  • 好きなこと:読書、海や山で遊ぶこと
  • タバコ:吸いません
  • お酒:弱いです
  • 尊敬する人物:高木兼寛、江藤淳、野口悠紀雄

県議会議員として

平成23年4月、無所属新人として宮崎市選挙区で1位当選させて頂きました。
組織・団体の要請ではなく自分の意志で立候補、選挙戦は親戚・友人・支援者の素人集団でした。

当選後に初めて自民党関係者と話をさせて頂き、基本的な価値観も近く、いくつかのお約束を踏まえて自民党入り。いったん組織の一員となった以上はきっちりと役割を果たして参りました。

県議会では5つ全ての委員会に所属、政治・行政の全般について学びました。

  • 平成27年度:県議会総務政策常任委員長
  • 平成28年度:県議会商工建設常任委員長
  • 平成29年度:県議会自民党政審会長

議員になってからの6年で4つの条例制定に担当委員会委員として関わりました。

  • 宮崎県がん対策推進条例(平成23年度)
  • 宮崎県議会基本条例(平成23年度)
  • 宮崎県の地域医療を守り育てる条例(平成24年度)
  • 宮崎県家庭教育支援条例(平成27年度)

以下のような政策テーマに取り組み、県の対応を質してまいりました。

  • まちづくりに関する基本方針
  • 学力向上のための「量」から「質」への転換、部活動ガイドラインの策定
  • 発達障がいの児童への学習保障
  • 社会的養護を必要とする子どもへの支援
  • 県立病院における救急医療体制、県立宮崎病院の建替え問題
  • 医師不足問題
  • 地域医療介護総合確保基金の確保
  • 東九州新幹線の基本調査の検証
  • 景観行政の充実
  • ゼロ県債活用による公共事業発注の平準化、建設コンサル業の指名基準の明確化
  • 高校生への県内企業・学校の紹介施策、UIJターン促進のための基本調査
  • 青島の観光振興、国政定期路線の新規就航

自由民主党宮崎県連青年局

  • 平成23年〜24年:青年局次長
  • 平成24年〜28年:青年局幹事長
  • 平成28年〜 :青年局長
  • 平成24年度より今に至るまで青年局組織で中心的な実務を担ってまいりました。
  • ニューリーダー育成塾「ひむか」を主宰し、塾生30〜40名の研修を企画・運営して参りました。
  • 選挙権年齢が18歳へ引き下げられる前から、自民党議員と学生交流会など、県内の大学生との交流イベントを開いてまいりました。
  • 衆議院議員、参議院議員の選挙の際には街宣車による活動や決起大会への協力をして参りました。
  • 毎年、北朝鮮拉致被害者の帰国を求める活動、憲法改正への理解を深める活動などを全国一斉に街頭で行わせて頂きました。山形屋前の交差点で、青年局役員と街宣車の上から演説を行ったりします。

医師時代

  • 宮崎大学附属病院では学生や研修医教育に力を入れ、病院をまたがる勉強会を企画していました。
  • ニューヨークではBeth Israel Medical Centerというマンハッタンで歴史ある病院で内科研修に従事し、米国の研修医や指導医と一緒に米国式の医療を実践する機会に恵まれました。
  • 沖縄県立中部病院という、国内屈指の教育病院で2年間鍛えられました。2年目での優秀レジデント賞に加え、朝のカンファレンスの最多出席、二年連続当直回数最多など。
  • 県議当選後も、週末を中心に夜間急病センターの救急当直や、重度障害児・者の施設の診療を手伝って参りました。現場で勤務する視点は、議会でも大いに活きました。

東京大学時代

  • 6年間、水泳部と山岳部に所属。毎年夏には北アルプスの涸沢にある東大診療所で山岳医療を手伝っていました。
  • 渋谷交差点前のスターバックスや代々木の学習塾での講師、家庭教師などのバイトを経験。スターバックスの深夜バイトが最もハードでした。
  • ニューヨークで働く先輩を訪問し、米国で医師として働くことを決意。医学部6年時に米国の医師国家試験に相当する試験を受け、臨床研修の資格(ECFMG Certificate)を得ました。
  • 教養学部時代、江藤淳氏の「閉ざされた言語空間」を読んで衝撃を受けました。それから江藤淳氏の本は全て読み、政治や近現代史に興味を持ちました。

宮崎西高校時代

  • 東京の国立大学医学部に行きたいと思い、目標は高い方が良かったので東京大学の受験を決意。学校の授業と独学で励みました。
  • 高校2年までは英語の太田塾へ通い、あとは取り寄せた参考書・問題集を解き続けました。
  • 高校時代、学年で一番勉強をした自信だけはあります。足りないものは努力で補います。

附属中学校時代

  • 友人とテレビゲームをして遊んでばかりいました。
  • 3年になってから1年間、学習塾「昴」に通い、生まれて初めて勉強が楽しいと思いました。

宮崎小学校時代

  • 西橘通にある蕎麦店に住んでいたので、祖母と一緒に橘通りから県庁を通って小学校へ通っていました。
  • 朝から晩までテレビゲームをするか、ミニ四駆や街なかで遊んでいました。
  • 父とはたまに隣のパチンコ店にも…(この頃は入店規制もゆるかった)

【清山知憲後援会事務所】

〒880-0804
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