政治理念

政治を志した理由

 医師6年目にして政治家を志して以来、「どうして県議会議員なんかになったの?」という趣旨の質問を多く投げかけられました。県政の役割が軽視されていること、政治に対する不信感が強いことは大変残念です。

 しかし医療も含めた県民の皆さんの生活に対する県政の役割は決して小さなものではありません。児童福祉、保育・幼児教育、学校教育、若年者の雇用対策、周産期医療体制、子育て支援、経済政策、介護体制、在宅医療・看護、緩和ケアというように、文字通りこの世に生を受けてから人生を終えるまで県民の皆さんの生活全てに県の施策は関わり続けます。

 国政も大変重要ですが、地方分権が進んだ現在では地方自治体の責任は以前よりもずっと大きなものになっているのです。
 病院の勤務医として、現場で県政に対する残念な思いを様々に抱いてきましたが、一勤務医の県政に対する影響力は微々たるものでした。現場の人間がどれほど懸命に取り組んでも、解決にはつながらない問題が多数あるということはご理解頂きたいと思います。

 そうした意味では全県から39人選ばれる県議会議員の役割は決して小さくありません。現在の県議会・県政に様々なご不満をもたれているかもしれませんが、少しでも前に進む可能性を信じ、1人からでも県政の改善に努力を続けることが重要であると考えます。

自民党所属の理由

  私が2011年の県議会議員選挙で訴えた最大のテーマは、県の医療政策の充実・発展でした。この約束を果たすことが私に一票を投じてくれた有権者の皆様への責任であり、逆にどれだけ口では正論を唱えようともこの結果が出せなければ私が立候補した意味はありません。

 県議会では自民党が議席の過半数を占めており、議会をリードしております。私が目指していたものは政治的闘争ではなく、いかに県政をより良いものにするかであって、それは自民党の中で声をあげ、努力を重ねることが何よりの近道であると考えました。

 そもそも自民党という政党は特定のイデオロギーで連帯するところが無く、地域の幅広い層を支持基盤として成り立っています。議員一人ひとりの政策、思想に関しては幅がありますが、歴史や伝統を重んじつつ、自由経済を尊重するといった価値観は共有しています。

 自民党へ所属するにあたっては当時の県連会長と話し合いを持ち、私の考え・政策を理解して頂き、一緒になって取り組むという点も確認させて頂いたところです。

 選挙では無所属で戦い、実は「隠れ自民党」だったというご批判も頂きましたが、自民党関係者と初めて接触したのは選挙が終わってからであり、選挙前は不思議なほどに政党との接触はありませんでした。もちろん、選挙にあたっての協力は皆無で、当時の自民党は宮崎市選挙区公認候補4人の当選へ全力を傾けていたところです。

 ただ、私が政治を志した原点は、自民党という政党のためではなく県民のための政治を実現するためだということは心に留め、重要な局面では自分の信念に従って行動して参りたいと考えております。

高齢社会と人口減に対応した介護・医療体制

 宮崎県は全国的にも先駆けて高齢化が進んでおりますが、お年寄りの健康を支えるべき医療体制が医師不足を根本的原因として脆弱な状況となっております。

 2004年に始まった新しい臨床研修制度が一因ではありますが、実は様々な政策の失敗により若手の医師はそれより前から徐々に宮崎県を離れていっておりました。

 地元出身の医学生を地元の大学へ増やしたり、奨学金制度を設けることも地元で勤務する医師を増やす方策の一つではありますが、医学生や研修医が自らこの宮崎県で学びたい、医師として働きたいという環境を整え、伝えていくことが、地域医療の質を向上させ、かつ医師不足を解決する取り組みです。

 その為には、県の政策はヒトへの重点投資へシフトしなければなりませんし、3つの県立病院が地域医療を守る最後の砦として、かつ真の教育病院としての機能を確立することも必要です。

 また、医療や介護の需要が急増する75歳以降の後期高齢者は県内で2035年に22万人というピークを迎えます。その時へ向け、必要な介護体制、在宅医療・看護体制の整備、緩和ケア体制の充実を図っていかなければ、本人の人生の集大成を安らかに迎えることはできませんし家族の負担も多大なものとなって参ります。

 一方、地域医療を持続可能なものとし、県民の皆さまの健康増進を図るためには県民ひとりひとりの責任感、健康への理解、医療体制への理解が欠かせません。2012年には「宮崎県がん対策推進条例」、2013年には「宮崎県の地域医療を守り育てる条例」を制定し、その中で県民の皆さまのご理解・ご協力の必要性や教育・啓発事業の重要性を改めてうたったところです。今後も、そうした責任ある県政を目指して参ります。

子どもの貧困

 2014年に宮崎日日新聞によって掲載された「だれも知らない」という子どもの貧困をテーマとしたシリーズは大きな反響を呼びました。2015年は児童福祉の父と呼ばれた郷土の先覚者「石井十次」の生誕150年記念の年にあたりますが、県は政府の大綱をうけ、子どもの貧困対策を打ち出す予定となっております。

 全ての子どもは大きな可能性を秘めていますが、幼少期の環境・教育はその後の人生を大きく左右します。児童虐待、発達障害、家庭の経済事情による教育を受ける機会の損失など多くの課題が残されていますが、高齢者の問題と同様にこの分野における県政の充実は必要と考えております。

経済・雇用対策

 宮崎県の一人あたり県民所得は全国で下から2番目です。この指標には各地の消費者物価指数が反映されておらず、また各地の生活環境は異なるので単純に比較はできません。

 しかし経済的低迷は重要な政治的課題です。貧しくとも心豊かな生活を、という精神性は尊重しながらも、一方で経済成長を遂げなければ少子高齢化という構造的な問題を抱えたまま社会保障を支える財源は賄えないという事情もございます。

 民間の経済活動を活性化させ、県でなければできないこととは、県の認知度、ブランド力を高め、県外や海外の資本を県内へ呼び込むための戦略、ヒトやモノの移動の円滑化等だと考えます。その為には県全体における物流戦略やICTを活用した一次生産物の販売戦略サポート、海外とのヒト・モノの交流を円滑化する海外・県内対策もも必要です。もちろん、冒頭に述べたような宮崎県のアイデンティティーを高め発信し、観光戦略につなげる取り組みも重要となります。

 また、少子高齢化、若者の県外流出に伴い、空き家が増え、「県の顔」ともいえる中心市街地の賑わいが失われ続けております。今後、都市政策は市町村の仕事と突き放すのではなく、全県的な問題として宮崎県も県内各都市の街づくりに関わる必要を訴えております。人口は減っても、自治体の予算の範囲内で無理のない暮らし、賑わいを維持するためには都市機能の集約、交通政策、居住政策、商業政策、企業誘致、観光政策など横断的な取り組みが必要です。この観点での県政を推進して参りたいと考えております。

教育

 先に述べた、「宮崎県がん対策推進条例」と「宮崎県の地域医療を守り育てる条例」においては学校における健康教育・医療教育の重要性を盛り込みました。それは、子どもの命と健康を守る予防接種への理解にしても、若い女の子の命と人生を守る適切な性教育、そして子どもの虫歯を予防するのに科学的に立証され、佐賀県などでは全県的に普及しているフッ素によるうがいの取り組みにしてもそうで、教育委員会の理解と取り組みは人々の健康を考える上で非常に重要となっています。

 また、宮崎県内の県立学校では伝統的に知識つめこみ型の教育が重視されてきましたが、今後の変化の激しい社会を生き抜くためにはそうした「習得型学習」から「探求型学習」、つまり自ら「問いを立て」、「考える」ことのできる人材育成が求められています。国の大学入試改革においても同様の方向性が示されており、県教育界は大きな転換を検討しなければならないと考えております。

宮崎県固有の価値を確立

 前知事の影響によって宮崎県の知名度は全国レベルへ引き上げられましたが、そのイメージとして挙げられるのは前知事の個人名であったり、流行りの名産品に過ぎませんでした。

 一昔前には昭和天皇の第五皇女である島津貴子様が新婚旅行にご来県されたことをきっかけに、宮崎県は新婚旅行のメッカとしての地歩を確立しました。しかしその南国宮崎というイメージも、沖縄県本土復帰を境に徐々に失って参りました。

 2012年は古事記が編纂されて1300年という記念の年で、古事記に記された我が国建国にまつわる神話の多くが宮崎県を舞台にしていることから、2020年までの9年間にわたり記紀編纂1300年記念キャンペーンを展開することになっています。

 歴史を振り返れば今を遡ること100年前、1912年当時の第13代有吉県知事は建国の歴史と深い関わりがあるとされている日向の史跡を解明したいという念願のもと、京都帝国大学坂口教授らの協力を得て西都原古墳群の発掘調査を行いました。

 また、昭和9年には神武天皇御東遷2600年記念、昭和15年には皇紀2600年記念ということで宮崎県は神武天皇の足跡を聖蹟伝承地として指定し、文部省に調査を行わせたり記念施設の建造を行ったりと県を挙げてこの日本国発祥の地である宮崎県のイメージ確立を図りました。

 こうした西都原古墳群や天孫降臨伝説の地とされる高千穂町、そして神武天皇生誕の地とされる高原町、神武天皇の御東征出発の地とされる日向市美々津町は今なおそうした初代天皇にまつわる史跡を有し、町が誇る歴史となっております。もちろんその他の市町村にも同様の歴史がございます。

 日本の長い歴史の中で、軍事的勢力の台頭とともに皇室に対する国民の関心が高まった歴史がほんの僅かな時期にございますが、古事記や日本書紀に記された神話にまつわる建国の歴史は宮崎県が全国に誇ることのできる歴史的価値であり、アイデンティティーではないかと思います。

 一時期のブームではない、宮崎県の本質的な価値の磨き上げ・発信により県民の皆様も誇ることのできる郷土を実現できるよう県政を方向付けて参りたいと考えます。


【清山知憲後援会事務所】

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