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前の清山市長のお孫さんですか…?

2017年10月13日 | 宮崎市政

第11代宮崎市長、清山芳雄氏(在任:1966―72年)は51年も前に宮崎市長に就任された方ですが、およそ60代以上の宮崎市民の皆さんはよく憶えておられます。

 

地域を挨拶して周っていると、かなりの割合で

「前の清山市長さんのお孫さんですか?(もしくは息子)」

と尋ねられます。

 

「清山」姓というのは宮崎市内だと新別府町、そして池内町に集中して居住しており、昔の清山市長もこの新別府町の麓(ふもと)の方でした。

私の祖父、貞巳(さだみ)もこの新別府町の麓の出身で、ここで生まれ育ちましたが、今から60年以上も前に橘通りへ出てきて、祖母と一緒に蕎麦店を始めました。

 

なので、元々の本家は清山市長の家と同じ地域です、しかし家族ではありません。

戸籍等を見ても、繋がりは確認できませんが、もしかしたらこの新別府町で同じ清山姓であれば、どこかで繋がっているのでしょうか。

以前、江戸時代に大分方面から移住してきたとか昔話を聞いたことはありますが、定かではありません。

 

この清山芳雄氏のご子息の皆さんは今もご健在で、私も新別府町の自治会でお世話になることがあります。

清山芳雄氏は元々自民系県議であり、宮崎県議会議長まで務めたあとに当時の有馬市長が任期途中で亡くなられた後の選挙で立候補、当選されております。

昭和41年の市広報に、就任時の記事が載っていました。

 

「市をメーキャップしたい」

という言葉に、時代を感じます。

実際、この言葉の通り、清山市長は市内の道路舗装に大変な力を注ぎ、まずはお金のかからない簡易舗装から始めたというエピソードが「市長室の窓から」という著書で紹介されています。

 

 

販売はしておりませんが、図書館で借りることができます。

 

この本は清山市長が退任して2年後に書かれたもので、12年間の市長在任期間を振り返って宮崎市の発展の経緯が主観を交えて書かれていてとてもおもしろいです。

 

たとえば、

・日向ラインを加江田渓谷に改名

・国有林を宮崎営林署とかけあい、一部を市に移管、「市民の森公園」を整備

・ゴミ埋め立て地として萩の台を造成

・公園墓地みたま園を整備

・大塚台住宅団地を整備

・刑務所を糸原へ移転

・220号線バイパス整備を促進

・後田川を整備

・一ツ葉有料道路の構想

・中央卸売市場の場所選定、整備

 

と、主なものだけでも今の宮崎市を形作っている様々なインフラが清山市政下でできていったことが分かります。

ちょうど時代は高度成長期。財政も右肩上がりに伸びていった時代ではないかと推察します。そんな時代の市長職はやりがいもあり、今よりは恵まれていると言うこともできるでしょう。

事実、その時代を振り返る高齢者はみな、清山市長に対して好印象を持っておられます。私もその恩恵を受けているのかも?

財政が厳しく、「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」の時代に市長をやるのは大変です。伸びゆく税収を右から左へと差配するのではなく、限りある税金をいかに効率よく、社会にとって投資効率の良い分野へ投じ、財政の持続可能性を担保しなければいけません。

昔は良かったな、、と、ついこの本を読んで思ってしまいました。

 

しかしこの清山市長はとても情感豊かな方で、大塚台団地を作った時のエピソードなどこういう風に書いておられます。

「いよいよ開発が始まろうとしていた直前に山中の小径を歩いて私は視察した。それは秋の終わりであった。林間の空地に野菊が白く咲いているのが私の目を引いた。この可憐な小菊、やがて開発の手が伸べばすぐにブルドーザーに踏みにじられると思うと、尚更いじらしくてならない。私はこの一株を我が家に持ち帰って植えた。そしてもうすでに数年になるが、今いっぱいにはびこっている。大塚台の元の姿を思い出す野菊である。」

と。

 

景観や自然のことに大変造詣が深く、本書を通じて変わりゆく宮崎市と失われていくもの、それに対する市長としての想いがしみじみと伝わってきます。

ぜひ興味がございましたら、図書館で手にとってみて下さい。本当に面白いです。

 

下は、3期目当選時の宮崎市広報の記事。

 

 

 

新別府町に由来し、県議会を経て市政へ。私も共通しており、名前だけではない親しみを感じております。

記事のなかで清山氏は、「宮崎市百年の大計」と言われています。

2024年、宮崎市政は100周年を迎えますが、その礎を築くためにやるべきことは山積みです。頑張って参ります。

清山とものりプロフィール

清山 知憲(きよやま とものり)


前・宮崎県議会議員。 平成18年東京大学医学部卒業後、沖縄県立中部病院研修を経て、米国ニューヨーク市のベスイスラエル病院にて内科インターン修了。 平成21年宮崎大学医学部第三内科入局。 平成23年、平成27年ともに宮崎市選挙区にて一位当選。 平成29年9月に議員辞職。

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